【詩】雪見

おばあさんになったらとても恐ろしいことが待っているのだと現時点では信じている神の子らも、おばあさんになったら毎日をおそろしく生きなければならない。それってことわり?それって簡素なことばでいうと、愛?今の時点でとても恐ろしく生きているならおばあさんになっても変わらず恐ろしいだけで、だったら泳いで早くどっかへ行っちゃったほうがいいんじゃないですか。愛じゃないなら恐怖なんてない。それってことわりおことわり?お断りならこちらからさよなら言います悪くないかな。道行く犬(もちろん大人達を連れている)はみな聡明な目をしています。だからおばあさんの恋は犬の背中に乗っかって、無事に夏の砂漠へ行くみたい。安心するのは断然早くて、決断はできるかぎり遅いほうが有利だし、後出しなんていつでもするのがいい。頭のいい子が好きなんて誰も言ってない。言ってないのにやっぱり聡明な目はかたっている。ついてこれないなら計算ドリルと絵の具セットをあと5回ずつ。元旦までにその水色、5のつく数字で仕上げてきなさい。ね、こういう恐ろしさの先におばあさんの恐ろしさはたぶんあったけど、それってもう曇り空ふんわり薫る夜よりも先へ行ってしまったみたい。おばあさんをのけものにするのではなくてね。おばあさんは漂流することでおそろしさの一歩前でずっと踊っていることができるんです。だから行くんだよ。花が見たいなら雪をどかせばいいと。萎れた緑が待っているからと。救出して育てればいい。と、聡明じゃないおばあさんゃないところの私が保証をしてあげよう。その花を見られたら完成するあなたの雪見。